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しえのにっき

何者にもなりたくないし、何者にもなりたい

いつも人生に絶望しているのかもしれない

どうも、しえです。

先日しえさんは、「人にすごく期待してるよね」って言われた時の話。

 

 

いつもは忘れてるんですが、実際私は人に対する期待値が結構大きいです。

この気持ちのせいで、今まで上手くいかなかった人間関係も結構あったし、

その度、”自分だって、こんな風に求めてたら重荷でしかない”とは

頭では理解してます。

 

他に、またこんなことにも改めて気づきました。

どうも私は会話の中で正論を話がちなんです。

そんなの誰だって知っているし、それを感情に落とし込めないからこそ、

こうやって人に話しているのに、”その人のために”とかいう超お節介が生じて

そんなことを話してしまう。

 

つまんねえ人間だな。と自覚しております。

ただ、これまでのアウトプットの仕方というか、

会話してきた内容がこの方向性できてしまったので、

なかなか上手く方向転換できていないだけのこととも、自覚してます。

だからこそ、こうしてブログを書いているわけですし。

 

では、

”他人に対する過度な期待”+”余計なお世話からくる正論”

=人を不幸にする言葉

ではないかと思いました。大げさに言うとね。

お前ごときが他人を不幸にできるわけないだろ。とかありますけどね。

 

なんかね、それで「また」自分にがっかりしてしまったんですよ。

もうさすがに何度か自覚してますから、ウワアアとはならなかったんですが。

 

好きな人たちと過ごしているに、自分は相手を不幸にしている。

何をしているのか。と。

 

ここでもう一つ重要なのが、”自分に対するめちゃくちゃな期待”です。

自分が相手の役に立てると期待している。

誰かの役に立つとか、そういう気持ちは大切だけど、

見返りを求めてはいけないというか、いいことない。

過度な期待は成果を求めているのと等しいと思う。

だから、がっかりするんですね。

 

無自覚な他人と自分に対する過度な期待を、

ちょこっと応援してやるぐらいに縮小させたい。自覚していきたいです。

気をつけられるぐらいに。

 

話を少し傾けると、私は他人や自分に、自然に、期待するあまり、

いつも人生に絶望しているのかもしれないです。

しれないというか、してたし、している。

理想と現実の差で。

常にではないです。

 

多くの人は、期待や理想に向かって、前向きに足を進めていくのだと思ってます。

でも、期待や理想があると欲が溢れて、強欲になって、

身の丈に合わないギラギラを止められない。

 

なので、いっそ絶望を受け入れています。

陽ではなく、陰にいることでバランスをとっています。

その方が落ち着くし、冷静でいられるから。

 

だから、生き方も「生きてる間に一旗あげてやるぜ!!!!!」ではなく、

「どうせ死ぬし、何しても大丈夫だろ」的な。

よくネット記事で見る、死なないなら何でもできるではありません。

死ぬんだから、オッケー。という、人から見たら投げやりな考えです。

でも、この方があんまり欲が出なくて落ち着きます。

 

こんな生き方どうですか。